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2020.11.27 488PV

愛知の歴史を辿る!尾張元興寺

尾張元興寺跡

街の一角に佇む尾張元興寺跡

愛知県名古屋市中区にある金山総合駅から徒歩5分、街の一角に佇む尾張元興寺跡。1300年以上前に建立されたという古くからの歴史を持ち、そこからは飛鳥時代以降の瓦と共に水煙の一部や陶器類が出土しています。そんな尾張元興寺は愛知県の民話である『かみなりの子』と関連があるという情報を得て、実際に足を運んできました!

 

かみなりの子

みなさん『かみなりの子』をご存じですか?愛知県に伝わる民話で、このお話は平安時代初期に編まれた『日本霊異記』にも記載されています。内容は以下のとおりです。

 

むかし、ひとりの若いお百姓さんが田んぼに水をいれていると、突然空が真っ暗になって大粒の雨がふり始めました。お百姓さんの真上で稲妻が光ったかと思うと、雷の子どもが落ちてきました。

 お百姓さんが警戒して手に鋤すきをかまえると、「どうか私を殺さないでください。助けていただいたお礼に、あなたに男の子をさずかるようにしてあげますから」と言いました。お百姓さんはかわいそうになって、雷の子どもを助けてやりました。

 しばらく月日がたちました。お百姓さん夫婦に男の子が生まれました。雷の子どもが約束を守ってくれたのです。童子は成長し、飛鳥の都に出て元興寺という寺に仕えました。

 元興寺の鐘つき堂には、鬼が住んでいました。鬼は毎晩鐘を突く人を食い殺していました。寺ではどうしたらよいか困りはてていると、「わたしが鬼を退治しましょう!」と童子が名のりでました。童子は鬼とたたかい、鬼の髪の毛をつかみ、恐ろしい顔つきで引っぱりまわします。さすがの鬼も悲鳴をあげ、やっとの思いで童子の手から放れ夜の闇の中に消えていきました。この童子は、後に中区正木町にあった元興寺という寺を開いた道場法師です。

 

(参考:堀川むかしばなし「鬼を退治した道場法師」)

 

尾張元興寺跡

尾張元興寺跡の入り口

現在はビルや住宅が立ち並ぶ閑静な土地に尾張元興寺跡はあります。私が取材のために訪ねた際、お地蔵様と薬師様に深く頭を下げ、手を合わせている男性の姿を見ることができました。地元の方々にとても愛されているのですね。

尾張元興寺跡の案内

尾張元興寺本堂

しばらくして、お庫裏さん(お寺の奥様)のお姿が見えたので声をかけてみました!すると親切にご対応頂き、尾張元興寺の歴史や民話についてパネルを用いて詳しい説明を頂くことができました。ここから出土した瓦は最古のもので650年頃まで遡ります。以前の説話では力持ちの童子が奈良の元興寺に行き手柄をたて、尾張に戻って同じ名前の元興寺を建立したと言われました。ところが2000年の発掘調査で飛鳥時代の瓦が出土したため、童子は奈良ではなく飛鳥に赴いたのではないかとの新発見があったのです。

 

 尾張元興寺跡のすぐそば。 尾頭次郎義次の「尾頭塚」

これはお庫裏さんから聞いたお話ですが、尾張元興寺は金山にある尾頭橋とも所縁があるようです。これに関して、勅命により紀州の鬼賊を退治し鬼頭姓を賜った尾頭次郎義次の「尾頭塚」が今でも残っていると紹介頂いたので早速行ってみました。

尾頭塚

ありました!尾頭塚は尾張元興寺跡付近に位置し、住宅に挟まれながらも大きな存在感をだしています。

ちなみに「鬼頭」という名字の由来はすぐ北の尾張国愛知郡古渡里が起源のようですね。民話では「かみなりの子を助けたお礼で授かった怪力の童子」という超現実的な内容になっていますが、実際に尾頭次郎義次が勅命を受け手柄を立てた恩賞で「鬼頭」の姓を賜ったという尾張の歴史に繋がります。

 

尾張元興寺で出土した瓦は名古屋市博物館にて実際に観覧できるので、ぜひみなさんも尾張の歴史を辿ってみてください!

 

 

アクセス

尾張元興寺跡(おわりがんごうじあと)

所在地:愛知県名古屋市中区正木町4-10

金山総合駅から徒歩5分ほど

この記事を書いた人

nog.

nog.

南山大学外国語学部ドイツ学科

2001年佐賀県生まれ。高校在学中に1年間のドイツ留学を経験。幼い頃から歌舞伎に興味を持ち、その他芸術活動に取り組む。現在は「共生」を軸に活動中。